2006年11月

広島ハウス。

■建築:広島ハウス

土曜日カンボジア、プノンペンで国際開発業界の集まりが「広島ハウス」と言う名の場所で行われた。僕は、ICT開発庁とのMTGのため参加できなかったが夜の懇談会には出席した。その席には前広島市長のHさんや、職員の方をはじめW大学のI教授の研究室の方々、H工大の人?総勢20名近く参加されていた。話を聞いてみると「広島ハウス」はもともと原爆後、広島の復興のためにたてられた「ハウス」をカンボジアの復興にと、なんと12年前から計画されていたそうだ。代表を勤めておられるKさんと名刺交換をさせて頂いた際、広島ハウスに関してバルセロナにある教会のように、あえて完成させないことにも意味がある、ということをおっしゃっていたのは、興味深かった。ただ使用目的はまだはっきりしていない?ということだが、業界の人間が最も興味を持ったのは、広島ハウスの4階に露天風呂があると言う部分。おぉ、カンボジアで露天風呂とは・・・。一同びっくり。ただ、最終的に完成するのは来年の3月という話だった。こちらに広島ハウス計画に実際に参加されている大学の先生のサイトで詳細が記してあります。

最近のカンボジア援助開発。

■商務省:援助国との仕事

最近は情報を断片的に入手し、それを整理するまででアップアップ。そこから、何かを自分なりの視点で書いてみるという作業をする事ができていない。そんな情報の一つに、カンボジアでの中国の開発業務と外交力がある。様々な論文、レポートで全体的な戦略は網羅されているので、ここでは、特にカンボジアでの現状にフォーカスしてみる。昨日、商務省の友人と飯をいっしょに食べていて議論になった話。カンボジアには、CG(Consulting Group)と呼ばれる援助国で形成されるグループがある。最大の援助国である日本を含め主に西欧諸国が雁首そろえている。その中でも、アメリカと、CGに入っていない中国の援助プレゼンスに関する話が面白かった。感想からいうと、先日このブログでも取りあげたNYTimesの記事の構図に良く似た部分があり、実際に政府関係者の見解を聞いてみると非常に興味深い。

■援助国:アメリカは鬱陶しい?

友人によると、各省庁の首相も含めて大臣は、「アメリカの援助スタンスは、口やかましいだけで鬱陶しい。出す金は最小、でも出す口は最大。口を開けば、汚職撲滅法案を可決しろ、政治プロセスの透明性を確保しろ(Good Governance)など、カンボジアにはカンボジアの独自の文化(政治文化?)があるのに、法律、人権、民主化、と押し付けだ。」というものらしい。しかし、と友人はいう。じゃあ、正面切ってアメリカのやりかたを非難するかというとしない。(まあ、外交的には当然ですわな。)理由は、自分達がアメリカに移住するときに、査証や入国をスムーズに行いたいがためだという。それに、地域(ASEAN)で見たときにアメリカのプレゼンスは決して無視できるものではなく、波風立てるよりは「はいはい」と聞くふりをして「何にもしない」ほうが得策だと判断している。

■援助国:中国は鬱陶しくない?

で、最近急速に援助プロジェクトをカンボジア全土で展開をしている中国はどうなんだろうか、という話を聞いてみたところ、友人の個人的見解ではたちが悪いと言う。(→アメリカと比べて、という意味ではないのが面白い。)理由を聞いてみると、こうだ。「カンボジアには国連の支援を受けて作成した貧困削減計画(通称、MGD)があり、CGは、それぞれの強みを生かして、計画に沿ったプロジェクトに対して援助を行う。ところが、中国は、勝手にやってきて、勝手にプロジェクトをはじめる。しかも、労働力、資本、計画のすべてを中国から持ち込む。なので、華僑が多い地域、あるいは最近特に注目を浴びているカンボジアの資源(石油など)地域に重点的に行っている。つまり、援助といいつつも中国の国益、政策のために行っている。なので、カンボジアには雇用され創出されないし、何も残らない。」

■援助国:日本はどうなの?

現場にいての雑感ですが、日本は「2国間協力」というコンテクストの中では、カンボジア政府から一番仕事が行いやすいと認められているのではないか。(仕事がやりやすいの意味合いは、裏表ありますが。)発展途上国の援助ってのは日本のODAを見てもそうですが、日本のコンサルを通じてゼネコンに発注しという話で、単純な話1000億円の予算が全てカンボジアに入ることはありえない。例えば外務省の経済協力局やJICAが1000億円のXXXプロジェクトを行うといっても、まず①当然プロジェクトをデザインする人間=日本人のコスト②現地コンサル③日本の場合はほとんどインフラ整備なのでゼネコンへの業務委託費、などなどがかかる。その場合、結果としてXXX億円かけて整備したインフラはカンボジアに寄与されるが、メインテナンスが出来なくて結局使えない、なので意味がない、という話は良く聞く。ただそうはあっても、まず日本大使館は政治的発言を行わないし、JICAからは莫大なお金が、インフラ整備という物としてカンボジアに提供されるし、というコンテクストから一緒に仕事がやりやすいということらしい。

■援助:じゃあ、どうなのよ。

以前NYTimesに、カンボジアでのビジネスに関する記事が掲載された。そこには、透明性を前面に押し出し、プロセスを重視する欧米企業と、ケースバイケースで賄賂などもビジネスのうちと考える柔軟な中国企業を比較し、そのローカル性にあった中国企業とは仕事がしやすい、という記事だった。当然、プライベートセクターだけでなく、上記のように2国間レヴェルでも同じような構図が見えて取れるのも当たり前か。問題なのはカンボジアという国家が復興段階から開発段階、そして発展段階に移るなかで、目先の利益を追いすぎてそれが国家発展につながらないのではと言うことだ。例えば、透明性の問題。どの国家でも100%透明なんて、ありえない。何かのリサーチで10を最高にすると世界でもっとも透明性が高いのは北欧の国家で、それでも指数は7である。日本やアメリカは5とかだったような記憶がある。だが、長い目で見たときに少しずつでも透明をあげる努力をしなければ、将来的にビジネスの世界で成功することができない。具体的に言えば、現在、繊維工場を誘致して(賃金の安さを理由)に外資が取り仕切っているが、今後、繊維工場以外のカンボジア資本でSMEの成長段階にきたとき、そして外国相手に輸出輸入を行うとき、透明性がなくては商売にならない。それがないために、発達せずいつまでも貧困国家であるのはなんとも忍びない。

BSIサービス導入。

■BSI:ネット環境グレードアップ

これまでADSLでちまちまとネットにアクセスをしていたが、サテライト導入でネット環境がグレードアップする。今まではADSLで128Kbps、これからはサテライト(ローカル版)で256kbps。しかも、無制限。・・・ま、そりゃ日本の光に比べれば、ま、でもここはカンボジア。無制限でがんがん使えるなんて、それだけでも御の字です。先日、サービスを申し込みに言ったのですが、まだサテライトを使用しているところは、国際機関をはじめとして100社しかないらしい。ということで、今日は月曜日、今日設置予定となっているのですが・・・どうなることやら。

■脚本:暑いので仕事できません。

Camnetスタッフ→C

弊社スタッフ→S

C 「サテライト設置には問題ないですね。」

僕 「じゃあ、早速サテライトを取り付け作業をお願いします。」

C 「いや、明日の朝8時から作業を始めます。」

僕 「いや、今日できるでしょ?まだ、朝の8時ですよ。」

C 「(英語からクメール語に代えて僕のスタッフに何か言っている)」

S 「あのぉ、日差しがきつくて暑いので仕事ができないそうです。」

僕 「は???こちらは、取り付け環境に問題がなければ午後に設置するという約束だけれど。」

C 「(またクメール語でなにやら言っている。)」

S 「午後はほかのアポイントメントが入っているそうです。」

■ぼやき:CalWORKs時代に匹敵するこの理由。

ここで、説明をしよう。これこそがカンボジア特有の言い逃れである。やりたくないことがあると、まずちょっとした理由をつけてみる。そして、相手の反応を見て、さらに理由を重ねる。ほかのアポイントメントが入っている?ぷぷぷ。こちらは、これくらいのことは想定してあんたの今日のスケジュールは全部調べてありますよ。あんた、今日何か特別にアポイントメントないですわな。プラス、あんたのボスにもすでに先週の金曜日に連絡済。まったくCalWORKs生徒の言い訳に匹敵するレヴェルですよ。w。宿題を出したら、「あ、フライドポテト食べたときに間違ってナプキンとして使った。」→使えません。あるいは、「犬が食べました。」→犬は食べません。

■脚本:今日中に作業を終わらせてくれ。

僕 「あ、そう。それは、何のアポイントメント?」

C 「(無言)」

僕 「ま、あなたも忙しいだろうから、じゃあ、それ終わらせてからうちの取り付け作業やって。」

C 「(クメール語でなにやら言っている。)」

S 「取り付け作業には一日かかるそうです。」

僕 「じゃあ、今からやって。あ、それとお宅のボスには環境に問題がなければすぐに取り付けることは可能だという話で進めているから、問題あるようだったらお宅のボスに話を付けてね。」

C 「じゃあ、夕方から作業を行います。」

僕 「はい、よろしくお願いします。」

■IT:カンボジアネット状況

まず一般家庭でネットにアクセスできる環境にある人間は、0.01%もいるかどうか。一部の超富裕層くらいなのではないか。外国人の場合、居住するサービスアパートメントのレヴェルに応じて、ネットが標準装備になっている場合もある。それでも、早くて128kbpsでほとんどが56kbpsである。学校、あるいは企業関連では、ダイアルアップである場合がほとんどで、ADSLを使用しているのは外資企業である。しかもそのほとんどが、定額サービスというよりは、プリペイドカード式で(携帯電話のプリペイド式と同じ)使用している。当然、何十台もPCがあっても、ダイヤルアップならPC1台しかネットにアクセスできない。ま、こういう状況を補完するかのごとくサテライト(国際版)を使用した華僑系のインターネットカフェが多数ある。

100ドルノートPC。

■読書:ネクストマーケットメモ

ネクストマーケットで議論されている内容は「貧困層は犠牲者であり、重荷である」という先入観を捨て、「貧困層は打ちに力を秘めた創造的な起業家であり、価値を重視する消費者である」という。しかし現在は、貧困層に対する偏見や既存の論理が障害となり、貧困緩和に至っておらず、社会の負の遺産として内外から見られ、企業がビジネスをする消費者ではない。しかし、BOPを市場として開発することで、貧困層が市場原理に基づいた経済エコシステム(生態系)にとって欠かせない要素となる。そのためには、「BOP、すなわち所得階層を構成する経済ピラミッドの底辺にいる貧困層を顧客にかえるためには、技術、製品、サービス、ビジネスモデルそのもののイノベーションが不可欠である。」と説く。

■国際開発:貧困層に対する既存の論理

国際開発業界で先行する発展途上国の貧困層に対する価値観、あるいは論理

1) 貧困層は民間企業のターゲット顧客ではない。民間企業の製品やサービスを購入する余裕はない。
2) 貧困層は、先進国で売られている製品を必要としない。
3) 技術革新を評価し、それに代価を支払うのは先進国だけ。
4) BOP市場は、多国籍企業が長期にわたって成長し活力を得るうえで重要ではない。
5) 知的刺激を得られるのは先進国市場。BOP市場を担当する管理職を採用するのは非常に難しい。

■国際開発:100ドルノートPC

100ドルノートはPCは、確かに注目されている。CNETの記事では「カリフォルニア州サンタクララ発--マサチューセッツ州に拠点を置く非営利団体One Laptop per Child(OLPC:すべての子どもにラップトップを)は米国時間11月16日、発展途上国の子どもたち向けの100ドルノートPCの最新の試作機を発表した。」しかし製造コストが150ドルかかることで採算が合わない点が今後の解決が期待される。ところが、ちょっと長いが、国際開発業界関係者はOLPCプロジェクトが成功しないというコメントを出している。それは「プロジェクトが技術の歴史に対する誤解に基づいているからだ。彼ら(政治家)は、実績のない、標準規格外のプラットフォームを投入しようとしている。それも、政府にしか販売しない計画だ。購入の意思決定は5年ごとに任期を迎える政治家が下すことになる。政治家にとって、規格外の技術を選ぶことは政治生命を脅かしかねない行為だ。普通の政治家はそんな判断を下さない。」とコメントしている。なかなか興味深い。

■カンボジア:カンボジアの場合

カンボジアではどうか。この業界にいるものとして個人的意見だが、100ドルノートPCをツールとして、1) 貧困層は先進国で売られている製品を必要としない、2) 技術革新を評価し、それに代価を支払うのは先進国だけ、という既存の論理をカイゼンし、将来の労働競争力の障害となるデジタルディヴァイド問題の一部を解決できるのではないかと、思う。また、発展途上国の貧困層の特に子どもがPCを所有できることは、貧困を理由にしたデジタルディヴァイド解決の起点となることは、評価できると思う。100ドルノートPCに関する既存の議論は、上記のコメントにあるように大半は否定的である。だが、否定的なコメントが指摘する問題は、果たして問題解決できないものだろうか?発展途上国で、特に貧困層をターゲットにしたプロジェクトの場合(つまりBOP市場)、ネクストマーケットでも指摘されてるように、最新の技術を活用して複合型で解決することが必要とされる。仮に政府主導が問題であるなら、ドナー国、あるいは国連が主導し、UNDPと各国の教育省が補助を行うなど様々なやり方があると思う。

Mフリードマン

■経済:Mフリードマン

読売新聞の記事によると「ノーベル賞を受賞し、世界各国の経済政策に多大な影響を与えた米国の代表的な経済学者、ミルトン・フリードマン氏が16日、カリフォルニア州サンフランシスコの自宅で死去した。94歳だった。」とあった。記事にもあるよに「金融政策を経済政策の中で最も重視するマネタリズムを提唱し、政府の干渉を排除する徹底した自由主義の立場から小さな政府を目指した」、財務長官といった政府の要職につくことがない経済学者だった。故人の冥福をお祈りいたします。

■経済:政府と市民

NYTimesによるとMフリードマンの「政府干渉を排除する徹底した自由主義」を垣間見るには、著作である「Capitalism and Freedom」が面白い。例えば、1962年、JFKが行った有名なスピーチ「Ask not what your country can do for you. Ask what you can do for your country」に対して、MフリードマンはJ「You should ask neither」という。なぜならJFKの発言は、政府をパトロンだと位置づけ市民は単なるサーバント(政府の従属者)であり、それは自由主義の市民を意味するところではない。むしろ「What I and my compatriots can do though government to help discharge our individual responsibilities, to achieve our several goals and purposes, and above all protect our freedom.」というべきだと指摘している。

■経済:バウチャースクール

個人的に面白いと感じているのが、Mフリードマンが提唱し実際に取り入れられている「バウチャー制度」だ。Mフリードマンが公立学校の存在に反対の立場を表明し、自由に学校を選ぶことを擁護した。CA州では、この政策は貧困層の子弟が私立学校にいくことが出来るようにと、設定された。公立学校に行く、という選択肢と、バウチャー制度を利用して私立学校に行く、という選択肢のどちらを選んでもいい。しかし、これはあまり成功していなかった。理由は、バウチャー制度では私立学校の学費をまかなえるほど十分ではなく、結局費用の安い公立学校に行くことになるからだ。クレアにアメリカのバウチャー制度に関する詳しいレポート(日本語)があるので興味のある方はどうぞ。

■絵画:毛沢東

うひゃあ、すごい額だ。新聞によると「米ポップアートの巨匠アンディ・ウォーホル氏(1928~87年)の代表作の1つである毛沢東氏の肖像画がこのほどニューヨークの競売商クリスティーズでオークションに掛けられ、1738万米ドル(約20億円)で落札された。」松坂正剛のこの絵画に対する評価が面白い。「アンディ・ウォーホルが毛沢東とマリリン・モンローを派手な色づかいのシルクスクリーンに真っ先にしたのは、そうした毛沢東の社会的本質を暗に言い当てていた。ウォーホルという男はそういうカンだけはやたらに冴えている。ただし、そこには色と形があるだけで、毛沢東を解くどんな目もない。ウォーホルの目は死んでいる。」なるほど。ちなみに、「絵画の決定不可能性について」というなかなか興味深い論評がある、読んでみようっと。
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